2019年6月から2020年6月までの一年間の変化

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最後にブログの記事を書いてから1年が経ってしまった。どうして書かなくなってしまったのかは、色々な要因があるけれども、書かなくなったことであまり頭を使わなくなってしまった気もする
ブログを書くことで、自分の考えをまとめることができたり、勉強したことをアウトプットすることにより定着率が良くなったり、今思うとプラスなことばかりだった。前のブログを読み返すと、自分はかなり孤独で自分勝手な人間だったと思う。基本的には一人でいるのが好きだったし、人と違うことをしようと、自分は人とは違うことを証明しようとしていたのかもしれない。
この一年で、大きな変化があった。さらにこの3ヶ月、コロナウィルスの影響で、誰にも会えず、一人でこの小さな部屋の中で過ごしたことで、色々考えることがあった。ブログを再開するとともに、この一年の自分の変化についてまとめたいと思う。
【人間関係編】
大学時代からはじまり、前職においても基本的には一人でいることが好きだった。今の会社でも2015年に入社して、2018年までの3年間、毎日朝8時半に会社に行き、パソコンをずっと見つめて、お昼ご飯を一人で食べ(3年間毎日同じ、鶏胸肉とブロッコリー)、ほとんど誰とも喋らずに、定時の6時ちょうどに帰宅するという生活を送っていた。
もちろん人が嫌いだったというわけではない。会社の外ではミートアップに参加したり、フィリピン人のハウスメイト達とワイワイお酒を飲み交わしたり、フィリピン人のバレーボールチームで毎週末試合をしたりしていた
2018年9月から2019年2月まで日本オフィスに駐在したことで人との関係についての考えが180度変わった。当時の日本での Office は新しく雇われたスタッフが10名ほど、そしてサイコパス上司が一人という状況だった。シンガポールオフィスから派遣された自分は何から何まで仕事を任せられた。本当に辛くて、常に顔にはできものができていて、生理が月に3回も来て、デスクの前で泣きながら仕事をしていた。それでも、サイコパス上司以外は本当にいい人達で、みんなで仕事をしながらバカみたいな話をして大笑いしたり、そんな時間が本当に楽しかった。
半年の駐在期間を終えて、シンガポールに帰ってきた時、改めてシンガポールオフィスの人たちの暖かさが身に染みた。毎週月曜日の昼間のヨガレッスン、毎月一回のオフィス全体の誕生日会、会社が終わった後のみんなでのスポーツイベント、このオフィスはどのオフィスよりも社員同士のつながりが強いと思った。
いつしか自分は仕事中喋りまくるようになっていた。今まで端っこにいて誰とも喋らずにいた自分がこんなに明るい性格になったことで、同僚も驚いていたようだ。一人の同僚に「今までは話しかけられない雰囲気があった」と言われた。確かにその同僚についても3年間一緒に働いてきたにも関わらず何一つ情報知らなかった。今までどれだけ自分が自分の世界に閉じこもって、周りが自分のことを気にしていてくれたにも関わらず、シャットダウンしていたかがわかった。
前にメンタリストだいご先生の動画で、職場に3人以上友達がいることで幸福度が上がると言っていた。これはかなり本当だと思った。自分一人で殻にこもることが幸せだと思っていたが、人と関わることで、仕事の話を共有できることで、こんなにも職場が楽しくなるなんて思わなかった。
あの半年間の駐在期間は、それに気づけたいいチャンスだと思う。今後どのような仕事についても、人との関係性をうまくた持って行きたい。
【仕事編】
駐在から帰ってきた後、新しいチームの立ち上げを始めた。日本のオフィスに日本のビジネスを移ったが、シンガポールオフィスでも日本マーケット向けのチームを立ち上げることになった。そこで社員の面接から採用そしてトレーニングまで自分がやることになった。
日本オフィスで社員の採用、トレーニングなどは行ってきたので、その経験が活かせた。新しいチームが出来上がってからは、ポジションが昇進になり、チームリーダーとなった。
人のマネジメントをする立場になり、難しいこともあるが、それはそれで楽しんでいる。マネジメントについては今までたくさん本を読んできた。しかし自分はポジションが低かったので実践する機会はなかった。今は本で読んだ内容を自分の判断で実践できる立場になったので、やりがいもあるし、充実感を得ている。
仕事において自分が変わった点といえば、プライドを捨てたことだと思う。一人全く気が合わない上司がいる。向こうの態度は常にキレ気味、それに対して自分も同じ態度で接していた。プロジェクトを行う上では表面上のやり取りだけ。トイレとかで会った時は挨拶しても無視されていた。これに対して自分はいつも同僚に文句ばかりを言っていた。人としてもう関わりたくないというレベルまで来ていた。メールを見ただけでも吐き気がするし、メールをしてもいつも嫌味のメールは返ってくるのでイライラしていた。
部下の日本人の女の子に対してはかなりの好意を持っていて、「あなたが日本チームで一番仕事ができる」などといったメールを自分を cc に入れて送るなど、そのような行動が許せなかった。
そこでこの上司の下で働く同僚に話をしてみた。この同僚も以前はこのような態度を上司に取られていたが、自分が仕事ができることを証明した後は、この上司は同僚をかばってくれるようになったという。たくさん我慢した分、今は成長し、返ってきたものは大きいと言う。そこで一つ考えたことがある。このような上司の下でも働くことができる人はいる。自分は今まで仕事ができるという風に思い込んでいたが、この上司の下で働くことができないということは「自分は仕事ができない」という意味じゃないか。この上司との関係を修復することで、自分は成長できるんじゃないか。この会社で色々なことをしてきた中で、これが最後に自分が学べることなんじゃないか。
そこで自分のプライドを捨てて、自分が仕事ができないことを認め、長文で上司にメールを書いた。「あなたのことをもっと理解したい、あなたを同じ女性として、働く女性として尊敬しているから、自分がどうすればいいのか教えて欲しい」。すぐに電話が来て、どうして自分の仕事の仕方に問題があるのか、これからどうして欲しいのかを教えてくれた。それは確かに一理あるものだった。自分の性格的にもあまり細かいことを気にしないので、そのような点で配慮が欠けていた部分があった。とにかくスピードで仕事をするのではなく、内容のクオリティの高さも必要であるということが自分に欠けているところだった。最後にその上司が自分に言ったのは「あなたのことを人として否定しているわけではない」ということだった。
その後自分は大きく変化した。彼女のメールに対しては、いつもの3倍ぐらい内容に気をつけるようになった。ミスはないかを何回も確認し、ありがとうやごめんなさいなどの言葉も言うようになった(人として当然のことだが、以前はプライドが邪魔して言えなかった)。彼女の態度も大きく変わった。相変わらずたまにいうことはきついが、彼女もありがとうやごめんなさいを言うようになった。おそらく二人とも似た者同士だったのだと思う。この経験も自分を大きく成長させた一つになったと思う。
【外見編】
ミニマリストである自分は元々服を10着ぐらいしか保有していなかった。日本に駐在している間は幼馴染の洋服を借りて冬を過ごした。元々シンガポールから日本に持って行った服は何着か捨て、スーツケース一個でシンガポールに戻ってきた。
新しく借りた部屋は今まで見てきた物件の中で一番小さい物件だった。窓はなく、リビングルームもなく、両手を広げれば両端の壁に付きそうなぐらい狭い部屋に引っ越した。もちろんクローゼットもとても小さいので、服はなるべく少ないままにしようと決めていた。シンガポールに帰ってきた当時は「スティーブジョブス計画」と題して5着ぐらいの服で生活していた。
そんな中ある日一人の男の子の同僚に言われた。「もっとカラフルな服着てみたら?」彼が何の気なしに言った言葉だろうけど、その時の自分はもはや自分は女ということを忘れていた。毎日同じ服を着ることは服を選ぶ時間の短縮になったり、楽なこともあるけれども、人から見たら少し変な人に見られるということがわかった。
そこで友達に服のスワッピングと言う新しいサービスを紹介してもらった。シンガポールのスタートアップ企業が提供しているサービスで、自分が使わなくなった服を店に持って行ってそこで他の服と交換すると言うサービスだ。これが意外と楽しくて、数年ぶりに新しい服を着ることになった。会社に行くと「服かわいいね!!どうしたの?」と言ってきた。今まで黒か白か灰色の服しか着ていなかった自分がカラフルな服を着ていたので、たくさんの同僚が声をかけてきた。前述したとおり、自分は会社での人間関係がかなり良くなっていたため、服を変えることでさらに自信がつくこととなった。
結果として服を以前よりも多く所有することになった。でも後悔はない。むしろ自信がついて、楽しくなった。最初に指摘をしてくれた同僚に感謝。
ざっと一年の間に成長したことを書いてみた。今後も自分の成長や、本から得た知識を書いていこうと思う。

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